正倉院紀要に見るヤツガシラ
3-2-7。ヤツガシラUpupa epops(挿図51)
 ヤツガシラはブッポウソウ目ヤツガシラ科に属する陸鳥で、全長約26センチある。形態と羽色はきわめて特徴的で、体は橙色で風切、背、尾は黒白のはっきりした横斑になっている。冠羽があり、、たためば束状になるが広げると扇形になる。冠羽の各羽毛は橙色で先端には黒斑があり、たたむと橙と黒の斑に見える。嘴は細長くわずかに下曲する。分布は沿海州、朝鮮半島、中国、インドシナ半島から東南アジア、中央アジア、ヨーロッパ大陸までのユーラシアの温帯以南とアフリカに広く分布し、主に裸地のあるような開けた乾燥地を好み、村落の周辺にも棲む。日本ではごくまれな旅鳥で稀に春の渡りのさいに観察されるが、近年では散発的に繁殖例も知られる。
 ヤツガシラの文様は、細い嘴と扇状の冠羽および横斑のある翼、背、尾をあらわし間違えようのないものが、紅牙撥鏤尺(北倉13)緑牙撥鏤尺(北倉14)紅牙撥鏤碁子(北倉25)馬鞍第5号(中倉12)、紅牙撥鏤尺第1号・第2号(中倉51)、碧地金銀絵箱第21号(中倉51)ほかに多く見られる。紫檀木画琵琶第2号(南倉101)(挿図52)には、体が橙色で背、翼、尾などが黒と白で作られた、色彩まで実際に近いものが見られる。山、水、花、虫、背円鏡第18号(北倉42)や漆胡瓶(北倉43)のものは上面の横模様がほとんどまたはまったくないが、形態からヤツガシラとした。ヤツガシラの文様は全体に特徴をよく捉えたものが多く、別の鳥との中間的特徴をもつような同定に逢うものは少なかった。鳥獣花背八角鏡第12号(南倉70)に描かれたものは、嘴が長くなく、冠羽が短く、頚が長く体のプロポーションが水禽類を連想させたが、2羽描かれたうちの1羽には背と尾に横斑が描かれているため、ヤツガシラB-Cとした。
 ヤツガシラはきわめて特徴的な形態と羽色のために、古代エジプトや古代ギリシアをはじめとして古くから世界のさまざまな文化において図像があらわれ、言及されてきた。文化っては、不潔な鳥あるいは不吉な鳥として扱われている。これは、巣が不潔であったり、とナが臭気のある分泌物を出したり排泄物を外外敵にあびせたりする習性に一因があるらしい。しかし正倉院宝物の世界では、ここに見たように本種の文様が他の装飾的な羽衣をもつ鳥類とならんで頻出し、否定的なイメージはまったく感じられない。

【正倉院紀要−宮内庁正倉院事務所−平成12年3月 第22号 (17)・(18)】より抜出
挿入51
ヤツガシラ
(資料)
挿入52
南倉101
紫檀木画檀琵琶
第2号(部分)