正倉院紀要に見るオシドリ
3−2−2 オシドリAix galericulata(挿入41)
 オシドリはカモ目カモ科に属する水禽である。全長(平らな物差しの上に体を伸ばしてねかせた時の嘴の先から尾の先までの長さ)は43-51cm。雄の生殖羽は、きわめて装飾的で美しい。すなわち、頭部のシルエットは大きく丸く、頭部全休か独特の飾り羽になっており、後頭部で飾り羽のすそが後ろに流れるようになっている。目の周囲は白く、その白は後頭部の飾り羽のすそに向かって細くなる。胸側にはっきりとした横斑(水上または地上にとまっているばあい垂直になる線)が見え、背には橙色で扇形をした「銀杏羽」があり、とまっている時はあたかもヨットの帆のように立っている。銀杏羽は実際は翼の最も休に近い場所にある三列風切という羽毛である。雌は頭部の飾り羽や背の銀杏羽を欠く地味な鳥だが、雄と同じく頭部が丸く大きいシルエットをしている,
 オシドリは東アジア特産で、沿海州から中国東北部、サハリン、日本で繁殖し、冬は中国中南部、台湾、日本の本州以南に渡り越冬する。山東、河北、山西、陳西、甘粛等の黄河流域の諸省では、春秋の渡り途上に観察される。繁殖地は森林の渓流で、非繁殖期にはおもに岸に樹木の多い池や湖に棲む。
 オシドリの文様は上記の雄の特徴のすべてまたはほとんどを備えた間違えようのないものが、紅牙撥鏤尺甲・乙(北倉13)、鳥花背円鏡第2(北倉42)、密陀彩絵箱弟15号(中倉143)、漆金薄絵箱甲(南倉37)、紫檀木画槽丹地騎猟撥琵琶第2号(南倉101)、雑葛形裁文第27号(南倉165〕などをはじめとして多数見られる。中には大幡脚端飾第8号(南倉180挿図42)のように色彩もふくめて正確な文様もある。
 瑁螺鈿八角箱第19号(中倉14fi]では、頭部の飾り羽が図案化されて後頭部で内側にカールしている、紺夾纈釶几褥第14号(南倉150)では銀杏羽等の特徴を欠くが、丸くて大きい頭部からオシドりとした。
 密陀絵盆第144号(南倉39)や漆皮八角鏡箱小第4号(南倉71)には、広げた翼の陰に銀杏羽がのぞいてオシドりを思わせるが、ほかの部分にはオシドリらしい特徴がない水禽類の文様がある。
 オシドリの文様には、山水鳥獣背円鏡第4号(南倉70)のように雄と雌のペアとして描いたと考えられるものがある一方で、紅牙撥鏤尺甲・乙(北倉13)ほかいくつかの例ではペアで描かれていながら雄が並んでいるものがあった。

【正倉院紀要−宮内庁正倉院事務所−平成12年3月 第22号 (12)・(13)】より抜出
挿入41
オシドリ
(資料)
挿入52
南倉180
大幡脚端飾
第8号(部分)